【ビートたけし】が離婚!妻がキレた!その理由とは?

ビートたけしがついに離婚!

数々の女性遍歴と、やりたい放題のやんちゃぶり。

お笑い芸人としてだけでなく、映画監督・画家・小説家としての才能にあふれるビートたけし。

これまで、何が起こっても動じず、決して表には出ず静観しているかのような妻・幹子さん。

このまま離婚せずにずっと一緒にいると思われていましたが、ここにきて離婚。

いったい何が幹子さんの堪忍袋の緒を切ってしまったのでしょうか。

 

もう我慢の限界?

もう何年も前から、ビートたけしの不倫の噂は途切れることがないほど。

同時に何人も愛人がいるなんて噂もありました。

そのたびに、表に出てくることもなく、離婚するかということもなく。

旦那の傍若無人さに『芸の肥やし』とでも思っているかのように耐えていた妻・幹子さん。

ついに離婚を決意したようです。

我慢の限界が来たのかもしれません。

 

ビートたけしの簡単なプロフィール

ビートたけしとしてのプロフィールは次の通り。

ビートたけし

本名:北野 武(きたの たけし)
ニックネーム:たけちゃん、たけし、殿、世界のキタノ

生年月日:1947年1月18日(72歳)
出身地:東京都足立区島根
血液型:O型
身長:168cm
言語:日本語
方言:江戸弁
最終学歴:明治大学工学部(現:理工学部)機械工学科除籍(のちに特別卒業認定)
師匠:深見千三郎
松鶴家千代若・千代菊
出身:浅草フランス座
コンビ名:ツービート
グループ名:亀有ブラザーズ→北千住ブラザーズ
相方:ビートきよし
芸風:漫才(ツッコミ→ボケ)
立ち位置:左
事務所:ライト企画→フリー→吉川事務所→太田プロダクション→オフィス北野→フリー→T.Nゴン
活動時期:1972年 –
同期:笑福亭鶴瓶
現在の代表番組:レギュラー番組
ビートたけしのTVタックル(日)
ビートたけしのスポーツ大将(日)
世界まる見え!テレビ特捜部(月)
名医とつながる!たけしの家庭の医学(火)
奇跡体験!アンビリバボー(木)
たけしのニッポンのミカタ!(金)
情報7days ニュースキャスター(土)
スペシャル番組:平成教育委員会
ビートたけしの禁断の大暴露!!超常現象(秘)Xファイル
THE MANZAI
過去の代表番組 元気が出るテレビ!!
スーパージョッキー
ひょうきん族
スポーツ大将
風雲!たけし城
北野ファンクラブ 他多数

他の活動:映画監督、脚本家、大学教授、歌手、芸術家、作家、編集家
配偶者:北野幹子
親族:北野大(実兄)
北野井子(実娘) 北野篤(実息)
松田秀士(義弟)
弟子:たけし軍団

ウィキペディア(Wikipedia)

ビートたけしは、日本を代表するお笑い芸人。

破天荒なキャラクターとして認識されています。

北野武としてのプロフィールは次の通り。

北野 武

本名:北野 武(きたの たけし)

生年月日:1947年1月18日(72歳)
出身地:東京都足立区島根
血液型:O型
身長:168cm
言語:日本語
方言:江戸弁
最終学歴:明治大学工学部(現:理工学部)機械工学科除籍(のちに特別卒業認定)

作品:映画「その男、凶暴につき」
映画「HANA-BI」
映画「座頭市」
著書「たけしくん、ハイ!」
著書「浅草キッド」
他の活動:映画監督、脚本家、大学教授、歌手、芸術家、作家、編集家
配偶者:北野幹子
親族:北野大(実兄)
北野井子(実娘) 北野篤(実息)
松田秀士(義弟)
弟子:たけし軍団

ウィキペディア(Wikipedia)

北野武名義では、世界的に有名な映画監督として文化人扱いされています。

 

きっかけは何?

今まで、じっと我慢していたという印象の妻・幹子さん。

今回、離婚を決意したきっかけは何だったのでしょうか。

どうやら、先日の事務所移籍の件が大きな原因のようです。

自分が設立した事務所を辞めるという、訳の分からない事態。

長年にわたりたけしを支えてきた人物を切ってまでの遺跡騒動。

それだけでも、幹子さんとしては申し訳ない気持ちでいっぱいだったようです。

そのうえ、新しく設立した個人事務所は、現在の愛人と共同経営。

さすがにこれには、幹子さんも耐えきれなかったようです。

 

妻・幹子さんってどんな人?

ビートたけしの妻・幹子さんは、1970年代に活動した大阪府出身の漫才師でした。

元・夫はタレント・漫才師・映画監督のビートたけし(北野武)。子供は長男と、長女の北野井子。また、レーシングドライバーの松田秀士は弟。

実家は大阪の寺で、母方の祖父が高知県の社会運動家小原教応。武庫川女子大学附属高等学校を経て、武庫川女子大学短期大学部卒業。在学中にピンアップトリオのピンアップ敦子の門下に入る。司ミキの名で司ミワと組んで、ミキ&ヤワの女子大生コンビとして1971年に漫才師デビュー。すぐ渚ミキに改名させられる、その後、前田五郎に一時師事した後、東京に移り内海桂子・内海好江の門下となり、内海ミキと名乗り同じ門下の内海ミチ(野々深知)と組むも2年で解散。

ウィキペディア(Wikipedia)

 

ふたりのなれそめは?

ふたりのなれそめについては、よくある共演がきっかけ。

同じお笑い芸人として、たけしの才能に誰よりも早く気づいていたのは幹子さんだったようです。

1978年にアシスタントを務めていた『大正テレビ寄席』でツービートのビートたけしと知り合って同棲、1980年に結婚。

たけしが売れない時代は近所のスナックでアルバイトをして家計を支えた。

1981年3月に長男、1982年10月に長女の井子を出産。

たけしはいつ結婚したかの覚えはないというが、1983年に正式に入籍した。

ウィキペディア(Wikipedia)

 

やりすぎ?ビートたけしってこんな人

ビートたけしは、デビュー以来、とにかくやりたい放題。

本能の赴くままに行動しているかのようです。

自分の言うことなら何でも聞くような『たけし軍団』。

そのメンバーを使って、自身のスクープ写真を掲載した雑誌の編集部に乗り込んで暴力沙汰を起こしたり。

特に女性関係ではメディアを賑わすことは日常茶飯事。

しかも、関係を認めて堂々たる開き直りっぷり。

 

ビートたけし・やんちゃ伝説

ビートたけしは、今でこそ高齢で落ち着いているようですが、その芸風から破天荒なキャラとして売っていました。

自分を「殿」と呼んで崇拝する若い芸人志望のメンバーを集めて『たけし軍団』を結成。

自分の出演番組に彼らを使ったりしていました。

身体を張ったお笑いをメインにしていたので、多方面で批判を浴びることも。

ビートたけしと言えば、やはり『フライデー編集部襲撃事件』。

1986年12月9日、自身の不倫をしつこく報道した『写真週刊誌フライデー』の記者に激高。

お抱えの『たけし軍団』11名を引き連れて『フライデー編集部』を襲撃した事件です。

自分の行いを棚に上げて、気に食わない記事を書いた記者を大人数で襲うという卑劣な犯罪です。

 

ビートたけし・女性遍歴

ビートたけしの女性遍歴はかなりの数。

噂になっただけでも、以下の通り、何人もいます。

実際はもっと多いと言われていますが…。

  • 「フライデー襲撃事件」時に交際していた、当時専門学校生だった女性
  • 人気グラドル・細川ふみえ
  • 女優・大家由祐子
  • キャリアウーマンの一般女性

4人目の女性は、現在交際中で、離婚の原因となった女性です。

元々は関西の高級ホテルの「アドバイザー」をしていたバリバリのキャリアウーマンだそうです。

 

今まで、やりたい放題やってきたというイメージのビートたけし。

先日、長年連れ添った妻・幹子さんと離婚しました。

これまで、かなりの数の愛人の噂がありましたが、ほとんどを否定せず。

それでも、じっと耐えていた幹子さん。

とうとう堪忍袋の緒が切れたようです。

元お笑い芸人だった幹子さんは、ビートたけしの才能にほれ込んで結婚。

愛人問題だけではなく、いろいろと傍若無人な振る舞いで有名なビートたけし。

それもこれも「芸の肥やし」と考えていたのでしょうか。

今回の離婚をあまり気にかけていない様子のビートたけし。

将来、「しまった!」と後悔する日がくるのではないでしょうか。

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